女性研究者支援の活動―米国経済学会CSWEPの活動に参加して
2018年1月20日
女性研究者支援の活動―米国経済学会CSWEPの活動に参加して
日本学術会議第一部総合ジェンダー分科会委員長
お茶の水女子大学教授 永瀬伸子
米国経済学会CSWEP(Committee on the Status of Women in the Economic Position)
理系に後れること15年、2017年5月に人文社会科学学協会男女共同参画推進連絡会(Gender Equality Association for Humanities and Social Sciences、GEAHSS 通称ギース)が設立された。日本の科学者に占める女性の比率は、OECDの中でも最底辺であり、韓国には2006年に抜かれている。男女共同参画の推進はとても重要な課題と思われる。
こうした中で、このお正月に米国経済学会CSWEPのメンタリング合宿を見学させてもらった。
米国では毎年1月上旬にASSA(Allied Social Science Associations)の年次大会がある。これは米国経済学会(American Economic Association)をはじめとして50ほどの経済学会が参加する大会である。大規模であり、今年はフィラデルフィアのホテル3か所が会場である。試しに初日の午前8時から10時のパネルの数を数えたところ、57セッションが同時進行であった。これが2泊3日続く。大変刺激的であるため、海外からの参加者も多く、今年は13000人が登録したという。その中でCSWEPは活発な活動をしている。ASSAの会期中にもミッドキャリアの女性研究者のためのメンタリング朝食会、ジュニア女性研究者が先輩女性研究者と話す会などが催され、自由に事前申し込みができる。今回は得に学会終了後に開かれる2泊3日の若手女性博士号取得者へのメンタリング合宿に参加した。
米国経済学会における女性研究者事情
米国経済学会の女性研究者は、日本の研究者からみるとたいへん活発に見えるようだ(と日本からの参加者が言われた)。しかし実際のところ女性研究者はおおいに苦戦していると自認しているようである。
米国では博士号をとった後、仕事探しをし、大学のAssistant Professorになる。その後、6年目頃にテニュア審査をされる。発表論文の本数と質がもっとも重要であって、最上位校であれば、世界をリードするような研究ができる人材か、全米的な優秀校であれば、米国をリードする研究ができる人材か問われる。テニュアがとれなければ、契約は終了してしまう。テニュアがとれるかどうかは死活問題であり、若手研究者は論文の投稿と改訂に、また著名な研究者とのネットワーキングにとこの間必死に研究をする。しかし女性は出産年齢でもあり、結果的には、男性に比べてテニュアをとれない比率が高いというのである。
テニュアをとったあとについても、女性は、業績につながりにくい雑用を引き受けてしまうことが多いという。Noといいにくいのが女性の特性なのだろうか。
STEM分野を専攻する女性は、1990年代から比べると大幅に増えているのに対して、経済学分野を専攻する女性割合が過去10数年、ほとんど増えておらず、これが問題視されている。
こうした背景のもと、今回のASSA/AEA学会は、女性のキャリアや女性問題に関するセッションが多かった。
米国経済学会におけるジェンダー課題セッション
2017年1月5日にJustin Wolfersが座長をつとめたアメリカ経済学会の「経済学におけるジェンダー問題」は立ち見が出るほどの盛況であった。中では4つの報告があった。最初のErin Hengelの報告は聞けなかったが、男女での論文の投稿行動の差の分析であった。続いてAlice Wuは、経済学者が仕事探しをする匿名のインターネットサイトEconomics Job Market Rumorsのコメントの言語分析をし、どのような言葉が男性、女性に紐づいているかを計量分析したが結果は驚くものである。よく使われる30の言葉のうち、男性と紐づくのは研究内容、新規性といったキーワードだが、女性は、容姿、結婚、妊娠などといった単語と紐づくという。また当初、研究面の内容で話がはじまったとしても、女性であれば、男性よりも研究面の内容から離れる傾向があるという。続いてBetsy Stevensonが経済学の教科書10冊の分析を行い、女性ロールモデルの不足を述べた。登場人物の8割は男性であり、特に経済学者、政策策定者、ビジネスマンは9割が男性であったそうだ。女性名は消費者や食事などと関係して登場するが、これらは現実の職種分布を反映していないという。続いて経済学を専攻する学部女性を増やすための介入実験の経過報告である。Claudia Goldinは2013年に米国経済学会会長であったが、女性の経済学専攻が過去20年ほとんど増えていないことから、これを増やすことを企画しスローン財団から助成金をとり、Tatyana Avilovaとともに88校から20校をランダムに選び介入実験をはじめた。①経済学専攻のキャリアパスを示すインフォーマルなイベントを行う、②同級生、先輩後輩のネットワーキングを作る仕組みを導入する、③導入の経済学授業をより実証的でコミュニティに関係するものとするなどである。結果はまだ出ていないが、中には大学内でランダム実験を行った大学もありその効果は顕著であったという。米国では、経済学原理など教授による大教室の授業のあとに小グループで大学院生がTAとなる勉強会が行われる場合が多い。この小グループ勉強会について、女子学生の割合を多くするグループとそうでないグループ、女性TAが多いグループとそうでないグループ、女性の成績分布を示すグループとそうでないグループをランダムに割り当て、女性経済学専攻が増えるかどうかを比較したところ、この効果は顕著だったと報告された。
CSWEPのCeMENT研修会
さて、今回参加した若手研修会、CeMENTである。2泊3日で、60人が参加した。10のグループに分かれ、1グループに4人の女性Assistant Professor(つまりテニュアをとる前の博士号取得者)と2人のメンター(すでに著名な業績をあげている女性経済学者やミッドキャリアの女性経済学者)が参加する。
全米経済学会終了後の夕方から、メンタリングセッションははじまった。夫婦間交渉の理論と実証で私が尊敬するShelly Lundberg会長からの歓迎の辞、続いて、この会に資金を出してくれているNational Science Foundationからの挨拶、そらからグループに分かれてアイスブレークと自己紹介を行った後に夕食会である。
2日目から3日目にかけて4つのパネルが行われ、それぞれ4人の女性の先輩研究者が知恵を授ける。
どうやって査読論文を書くか
どうやっていい授業をするか
ネットワーキングをとうやってするのか
委員会、レフェリーレポートなどのサービスをどうマネージするか
どうやってテニュアをとるのか
ワークライフバランスをどうとるか
このパネルの合間に、6名からなる小グループで1時間ずつ、参加者(グループ内で各4人)のAssistant Professorの論文とCVを1時間、チームでどう修正すべきかを議論し、メンターからのアドバイスと参加者相互のアドバイスが行われる。
仲良くなるための夕食会は2回(1回はなんと連邦準備銀行の中で)、朝食が2回、昼食が2回である。グループは研究関心が近い者が集められており、お互いが仲良くなる機会ず提供されている。この小グループでの食事会の他、テーマ別セッションの食事会もある。連邦準備銀行でのセッションでは私は「どうやって共同研究者を探すか」というテーマのテーブルについた。必ずしもそのテーマそのものに沿った話題が展開されるとは限らないが、2泊3日を通じて、参加しているメンターたちと多面的に交流できる。
Assistant Professorは今年博士号をとり仕事に就いたばかりの者から、4年目くらいの者までさまざまである。結婚している者もいれば、子どものいる者もいる。若手の就職先もさまざまであり、トップの研究大学、州立大学、大学の研究所、連邦準備銀行、リベラルアーツカレッジなど多様だ。希望者が多すぎるため、抽選だという。しかしこのメンタリングに参加した者は統計的に有意にテニュアをとれているという。査読をどう書いたらいいか、授業をどうするのか、など、私は研究者となって20余年たつが、思わずメモをとるような内容でヒントにあふれていた。
ミッドキャリア女性のための朝食会
ミッドキャリア女性のための朝食会にも参加した。これは学会の会期中に行われたものである。まず2人の先輩教員によるトークからはじまった。1人目は、大学の教員として仕事をはじめ、その後ビジネス界に転職し、さらに政府機関で働き、再び大学教員に戻ってきた女性教員である。各キャリアの特徴を説明するものであり、大変興味深かった。続いて子育てまっさかりの女性教員のワークライフバランスの工夫についての話をされた。こうしたトークのあとに、テーブルに分かれて同じ年齢層の女性たちがメンターを挟んで朝食をとりながら自分の悩みを相互に話す。私のテーブルには若いときに米国にわたってきて博士号をとり、米国で教員として教えているアジアの女性が複数おり、しみじみと話しを聞いてしまった。
日本女性経済学者によるJ-WENの活動
日本でも日本経済学会の有志女性がCSWEPに学んでJ-WENを2012年に立ち上げた。その後も多くの女性経済学者がこの活動を支えている。CSWEPに倣ったこの活動は日本の中ではきわめて先進的であるようだ。男性が先輩から知るような話を聞く機会をつくるよう、研究者としてキャリアを築いていくためヒントを与える。具体的には投稿論文をどう書くか、グラントをどうとるかなどのセッションがたまには米国からのゲストを招いて実施される。J-WENの実際の活動の様子は2017年1月21日の第23期日本学術会議第一部総合ジェンダー分科会主催のシンポジウムにおいて一橋大学臼井恵美子氏がGood Practice として報告している。PPTで紹介されたものであるのでぜひご覧いただきたいと思う。
以 上